〜狙撃される狙撃兵〜
オルソン=アードバーグの記録
第1話
そうだな…まずは俺の過去から話そうか。
俺の生い立ちはちとややこしい。
まず、生まれたのは西暦1967年7月2日。
なんだよ。いきなりポカンと口を開けてるだろうお前?
そうだよな、今は宇宙世紀の既に80年代…。いつの時代だ?と言いた
いのだろう?
だがな…事実だ。
俺の国籍はアメリカだった。親父はアメリカ海軍の戦闘機乗りだった
んだが、日本配属の空母に乗っていた。
そしてそこで俺は生まれた。
俺は日本で成長し、やがてアメリカ本土に移って航空士官学校 -軍隊
- に入った。
だが、俺は海軍ではなく空軍に入った。
大した理由はない。船酔いが怖かっただけだ。
士官学校を出た際に、配属された先で受領したのが空爆戦闘機 ジェ
ネラルダイナミックス社製F-111。通称、"アードバーグ" だ。
そう…俺のラストネームと同じ名だ。
…というか、俺のラストネームは "パイロットネーム" でね。本名は
違う。
で、ときどき空爆するはめになってそれなりに戦果も上げたが、一度
撃墜されたことがある。
その時に俺達の空爆を測量評価する空軍の特殊部隊、通称 "グランド
ストーカーズ" という連中に助けられた。
で、その時から数年はグランドストーカーズにお世話になっていた…
というか、助け出されたのはいいのだが、そのまま連れまわされて特殊
部隊見習いになっちまった。
ああ、今使っている俺の "クリムゾンベレーを被った頭蓋骨" という
パーソナルエンブレムだが、その "グランドストーカーズ" のエンブレ
ムだ。以後はそれをずっと愛用している。
で、数年ぶりに航空隊に復帰させてもらって、またF-111を駆って空
を飛び回ることが出来たのだが…
ある日、事件が起きた。
それは、夜間の長距離空爆指令で、イギリス空軍の基地を飛び立ち、
中東の小国を空爆するというシナリオだった。
俺は2機の僚機を伴って空に上がった。当日は快晴。
ドーバー海峡、地中海を経て、中東地域に到達した際だった。
『ダークエルヴス01より02、03。これより高度を下げて突入する』
『03、了解』
「02、了解」
俺達は目標前の最初のランドマーカー(地上通過目標)を通過して、
高度を切り替えた。
F-111の操縦桿を下げて高度を落とす。
「さて…ひさびさの爆撃だな。締めていこう」
「ああ」
隣の相棒 -爆撃ナビゲーター- と軽く声を交わして数分だった。
「隊長機はどこいった?」
俺は一瞬計器に余所見をした途端、隊長機を見失った。
「ダークエルヴス02より01、どこにいます?」
『ダークエルヴス01より02、オルソンどうした?』
無線機は良好だった。
近くにいるらしい。
「隊長、旋回しました?機影が捉えられないんですけど」
周囲警戒レーダーは無反応…つまり、まわりに味方機もいないことに
なる。
どういうことだ?
『おい!03!オルソン!どうした!?どう…』
突然、無線機は途絶え、前方に黒煙のような雲が張り出した。
それに突入して直ぐに前方から強い光が見えた。
「な…」
数秒間目を塞いだ後、見えてきたのはやはり快晴の夜空だった。
「なんだったんだ?」
俺は隣の相棒に視線をやった。
「!?」
相棒はいなかった。
何がどうして?さっきまでいた筈の相棒が忽然と消えた。
しかも、脱出装置も作動していない。
どこへ行ったのか?
「ダ、ダークエルヴス02より01、聞こえるか?」
僚機を探す。
しかし、そこにはまったくといっていいほど他に空を飛ぶものはなく、
レーダーも無反応だった。
「ダークエルヴス02より01、03。聞こえないのか?」
まったく無反応だった。
突然、レーダーに3機の機影が現れ、接近してくる。
「ちっ!見つかったか?」
俺は操縦桿を握りなおし、スロットルを全開にした。
しかし、巡航速度からいきなり加速しても追撃は振り切れない。
そのままドックファイトに持ち込むしかなかった。
爆弾を緊急投下して身軽にし、旋回に入る。
装備は…20mmバルカン砲1門、サイドワインダーAAMが2発だけだ。
勝ち目は薄い。
相手は3機。
この地域で飛んでくるのはソ連製の古いジェットだろう。速度からす
ればMiG-21あたりか?
HUD(ヘッドアップディスプレイ)に標準を出して狙ったその時、敵味
方信号が味方表示を示した。
「味方?おどかせやがって!!」
俺は慌ててサイドワインダーの照準を止めた。
「こちら、U.S.Air Forth ダークエルヴス02。どこの部隊だ?」
通常交信周波数で交信を試みる。
『OK、U.S. AirForth。歓迎する。こちらには君との交戦は避けたい。
正面の1機が旋回するので後ろについてきてくれ』
3機のうち1機が反転した。
残りの2機はそのまま俺の左右をすれ違っていく。
その機体を見て唖然とした。
まったく知らない戦闘機だ。
そして…どこの国のものとも思えない設計だった。
「おい!お前等は誰だ?どうして敵味方信号が同じに出せる!」
俺は慌てた。
『慌てるな。間違いなく俺達もU.S.AirForthさ。とにかく、作戦は中止だ』
そう交信すると既に機体の左右をすれ違った2機に挟まれていた。
こうして、俺は地球連邦軍の空軍に拿捕された。
そう…もうここは宇宙世紀0075。既に戦局まもなくという時期だった。
つまらない?
そうだろうな。では、簡単にその後を話しよう。
地球連邦軍に拿捕された俺はそのまま連邦軍に編入された。
統合された地球連邦軍の主力は旧アメリカ軍だという。
で、階級もそのままで地上軍の特殊部隊に編入された。
戦闘機乗りをやめた理由は機種変換訓練に多大な時間を食うからだ。
幸い、過去の戦歴が軍に残っていたので、それから地上軍の特殊部隊
に配属された。
まぁ、その履歴には最後のフライト中に機体ごと行方不明であること
も記載されていた。
ちなみに僚機は無事任務を達成、相棒はペルシャ湾で漂流していると
ころを発見されたそうな。
よくわからないのは、何故俺だけがここにいるのか?だが…
0079年、ジオン軍との戦闘が開戦。
あとはまぁ、皆の知っている通りだ。
俺は地球に降下したジオン軍兵を狩る特殊部隊として活躍した。
主に遠距離でのモビルスーツ -MS- のパイロットの狙撃…それが任
務だった。
もっとも、俺は狙撃の主任務ではなく、狙撃兵をエスコートする観測
兵としてだったが。
戦中はかなりの数の狙撃をエスコートした。
そのうち、いくつかの作戦では俺も狙撃を行った。都合5回で4回成功。
殆どは俺がアシストで狙撃というものだったが。
この時の失敗した1回の時にはじめて反撃にあい、その際の敵弾が左
目の下を掠った。いまだに背筋を凍らせる経験だったが。
結果として、その時の傷跡がいまだに消えない。
特殊部隊はあらゆる技能を身につける。
MSの操縦もそのひとつだが、隊員中唯一MSの操縦経験がなかったのは
俺だった。
いきなりMSを操縦しろと言われてもな。
俺は訓練所でのMSの操縦訓練は日課だった。
地球連邦製のMSなど最初からなく、訓練はもっぱらジオン軍のMS
MS-06C "ザクII(前期型)" とか、MS-06J "ザクII(地上用)" だった。
で、訓練中にコックピット内で転倒して顔に縦傷ができたことは秘密だ。
それ以後、MSには近寄っていないがな。
さて、終戦してからの後、俺はしばらく軍に居た。
だが、戦争も終わったし…ということで退役することにした。
最終階級?ああ、一応大尉だ。もっともこの時代に飛ばされる前から
大尉なんで、価値がある階級か?というとそうでもなかった。
だいたい、軍曹の狙撃兵をアシストする中隊長でもない大尉ってのも
変だろ?普通。
まぁ、そんなわけで退役したが、復帰する時は少佐だとさ。
で、ここからが問題なんだが…
俺は荷物もまとめて背負うと、基地の門をくぐって街に出た。
退役だ…
さて、どうしたものかな?まずは日本まで行って、そこで何か仕事で
もやるか?と考えを巡らせながら街の角を曲がった途端、暴漢に襲われ
た。
俺が気絶するのは一瞬だった。
「ほい!いっちょうあがりィ!」
素っ頓狂な独特の口調の男が発する声が、最後に聞いた台詞だった。
次に目覚めたときには、俺はベッドの上だった。
小汚い部屋の一角。
部屋にはなんにもない。ベットだけだ。
俺はまだ痛みの響く頭をさすりながら起き上がった。
装備はベッドの横にある。
愛剣のコンバットナイフ…も、ベッドの横の小机にあった。
俺はコンバットナイフだけ後ろのベルトに挿し、そのまま扉に向かっ
た。
「ここは…どこだ?」
扉を開けると、数人の男女が屯していた。
「よう、目覚めたかィ」
そのうちの一人、くすんだ黄色のツナギを来たぼさぼさの大男が俺の
ほうに向きなおした。
東南アジア系の風貌で日焼けした顔から白い歯を剥き出しにして笑う。
「俺を覚えているかい?元隊長さんヨ」
思い出した。
ベンニャガイ…特殊部隊で狙撃班の一班を率いた際、作戦現地で武器
の補充や情報を集めてくれた現地協力の連邦軍兵士。
「きさま…、いきなり何をしやがる!」
街の角で暴漢に襲われた際に聞いた声の主がこいつだとわかって激怒
した。
「まぁまぁ、悪い悪い。かんべんだ。ナ?」
両手を挙げて笑いながら謝罪する。
俺は背中に手を回してコンバットナイフを抜くつもりだったが、その
手を止めた。
周りに居る連中の様子が変だ。
様子を見ようと周りの連中に目を配ると、俺はよくわからなくなった。
悪さを企てるような連中にも…見えなくもない…が…
「ようこそ我がチームへ、オルソン=アードバーグ」
屯している連中の中の一人、金髪の青年が俺に声をかけた。
「チーム?なんだそれは?」
俺は手を背中から戻した。
すると、ベンニャガイがしゃべりだした。
「突然手荒なまねしてすまんかったヨ。ちょっと面白い仕事があったん
でネ。聞いたらお前、軍を辞めたらしいじゃんヨ。丁度よかったとお
前を探そうとしたしたら目の前をフラフラ歩いてるから、ナ」
「何が…な、じゃねぇ!」
拳を振り上げて憤る。
「そう、その面白い仕事ってのが、MSBS。知ってるか?」
金髪の青年が割り込んだ。
「いや…」
ベンニャガイが再び説明をはじめる。
「MSを操って戦うのさ。基本はバトルロイヤル。だが、チームを組めば
そいつらとは共同戦線を張れる。しかも、BS…バトルシュミレータだ
から死ぬことも怪我することもない。どうよ?」
俺は腕を組んで壁にもたれかかる。
「いきなり連れ込んできて、どうよもないだろう?」
「…あんたを連れてきたいって行ったのはベンニャなんだよ。どうだい?
やってみないか?」
青年はそう言いながら俺のほうに歩み寄った。
「俺はキ=シオウ。聖騎士とも言うけどな」
「俺はMSの操縦経験はないよ。元々狙撃部隊の観測兵だからな…」
そう言って様子を見る。
さすがにやっとこ事情が見えてきた。
つまり、MSBSというのに俺を巻き込もうというのがこいつらの目的だ。
だが、MSの操縦経験のない奴をチームに入れるのか?こいつら…
「構わないさ…教えられる奴はいるし、慣れりゃ大したことはないさ。
戦闘機乗りだったんだろ?」
「…」
俺はベンニャガイのほうを睨んだ。奴は笑いながらそっぽを向いてい
る。
「戦闘機だってあるぜ。コアファイターやコアブースターとか…な」
「…わかった」
俺は壁から離れて青年…キ=シオウに向いた。
「参加しよう。あんたがこのチームの指揮官…かい?」
キ=シオウは軽く笑みを返した後、鋭い視線に変えて言った。
「代表さ。もっとも今居るメンバーでは最も古参ではあるけどな」
そう言って手を出した。
「改めて、俺はオルソン=アードバーグ。元連邦の特殊部隊狙撃班の観
測兵だ」
挨拶の手だったらしいその手を握り返すことなく、俺は後ろに手を組
んだ。
キ=シオウは宙に浮かんだ手を持ち上げて、親指を立てた。
「ああ、たのむよ。仲間を紹介しよう。岳狼!」
腕組をした男がこっちを向いた。
顎鬚と頭髪を綺麗に整え、精悍な顔つき…かなりの歴戦の勇者に見え
る。
「我名…岳狼」
そう一言だけ言ってそのまま黙り込んだ。
「もうすこし喋れよ、お前は。ということで奴がNo.2、俺がNo.3だ。よ
ろしくナ」
いつのまにかパイプイスに座り込んだベンニャガイがそう言いだす。
「貴殿とは楽しく付き合えそうですな。ハンスです。貴殿と同じく今回
から参加しています」
軽く鼻の下の綺麗に整えている髭を触りながら、俺よりやや年上くら
いに見える実業化風の風貌の男が言い出した。
「貴方の番です、はてるま」
すると、隣に居たキャップを被った男が声を発した。
「はてるま こうだ。よろしくな」
キャップを深く被り、その視線が見えない。名前からすると日本人だ。
『こちらこそよろしく、はてるまさん』
俺は軽く日本語で返事をした。
「…」
無視された。
「馬鹿言ってるから無視されるのよ。ムツキよ」
横に居た美女がかわりに返事をした。かなり若いように見える。軍歴
はないかもしれないな。
ちょんちょん、と腰をつつかれる。
「?」
俺は腰のほうに見やると、子供がいた。少女だ。
「本官はシルヴィアゆうねん。シルヴィでええで。おっちゃん、よろし
ゅーな?」
そう言ってにっこり笑う。
「おい…ベンニャガイ」
「お?ベンニャでいいぜよ」
俺はこの子供を指差して言った。
「誰の子供だ?」
「何が?」
「これだ」
ベンニャガイは俺が何を言いたいのか理解できないらしい。
「ああ、それはお前…そう、お前の子供だ!」
「馬鹿野郎、俺は子供なんぞ作ってない!」
「何をいってるか!お前が8年前に作った正真正銘の…」
「俺は8年前にはいない…この時代にだ!」
今度はその場に居た全員が一斉に頭に?マークをつけていた。
ベンニャガイが取り繕う。
「あ…まぁ、冗談はともかく、この子も立派なMSパイロットだ」
「ばかにするとは、ええ度胸やな、おっちゃん」
俺の脇で腕を組んでふくれっつらしている。
「ははは、まぁ…オルソン、お前よりはあきらかにMSの搭乗経験がある。
おまえよりは上手いヨ」
そういって笑い出すベンニャガイ。
これで7名。俺を入れて8名。この8名でMSBSとやらで戦うというのか。
「そういや、まだチーム名を聞いていなかったな…」
俺はふと、キ=シオウに聞いた。
「チーム名…チーム名はな…」
というわけで、俺はこのチーム「NESTEC Fumblers」にいる。
なんだよ、Fumblersって。
失敗ばかりなのか俺達?
まぁ…いまの戦績を見ればわからんでもないけどな…
面白ければそれでいいんじゃないか?
もっとも…昔の俺ではそんなことも言わなかったけどな。
ここまでが、俺の過去だ。
つまらなかったかい?
では、また次回…
つづく。